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【訃報】社長・山本宏昭の父が逝去致しました

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当社会長 山本藤夫(代表取締役社長 山本宏昭の父)が9月22日に逝去致しました。

山本藤夫は1歳のとき生母と死別。見ず知らずの山本夫妻に引き取られ、赤貧の中、12歳で少年飛行兵となり、戦後は通産大臣・横尾龍の書生から転じて東京・東村山市に酒屋を開業するという、労多くも充実した人生を歩んでまいりました。

今から30年ほど前、バス会社への就職が叶わず悶々としていた一人息子・宏昭を「そんなにバスが好きなら自分で稼いで買え!」と一喝。銀河鉄道(株)生みの親として、当社の成長を陰から支えた人物でもあります。

皆様には生前のご厚誼に心から感謝申し上げるとともに、謹んでご報告申し上げます。

 

■氏  名 山本藤夫

■生年月日 昭和4年4月16日

 

なお、通夜、告別式を以下の通り執り行います。

 

■通  夜  9月25日(金) 18:00~19:30

■告別式   9月26日(土) 10:30~12:00

■喪  主  長男・山本宏昭(銀河鉄道株式会社 代表取締役社長)

■場  所   長坂式典センター(西武新宿線・西武国分寺線 東村山駅東口徒歩3分)

※東京都東村山市本町2-19-36(東村山市立中央公民館前)

■問い合わせ先  長坂式典センター  電話:042-391-0252

 

 

【山本藤夫 略歴】

・昭和4年、播州赤穂に生まれる

・1歳で生母と死別。漁師の家に引き取られる

・漁師が藤夫を育てきれず、痩せ細ったところを郵便配達員が保護。その親である貧しい老夫婦・山本夫妻が藤夫を育てる

・家が貧しかったため勉学を断念。軍隊を志願し、12歳で少年飛行兵となる

・戦闘機の搭乗員に抜擢され、出撃に備えるも終戦。郷里で代用教員などを務めながら、生計を支える

・行李一つで上京。極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)で東條英機の弁護人を務めた清瀬一郎が同郷だったことから、清瀬氏の門下生を志願したところ、通算大臣・横尾龍を紹介され、その書生となる

・通信教育で日本大学法学部入学。日大弁論大会で3位に入る(その後中退)

・門前仲町の酒屋の養子になった10歳上の兄が胃潰瘍で入院。代わりに店を手伝ったことをきっかけに商売の道に入る

・酒の配達先で働いていた照と結婚。新宿駅南口で小さな菓子屋を始めるが、土地の不法占拠を理由に立ち退きを余儀なくされる

・田無(現在の東京都西東京市)に店を移転。息子・宏昭が生まれる

・宏昭1歳のとき、東村山市青葉町に転居。菓子屋を始める

・2年後に酒類販売業の免許取得。取引先を次々と開拓し、店を軌道に乗せる

また、新開地だった青葉町の発展に尽力。青葉商店会を東村山市でも有数の商店会に育てる

 

*青葉町の下自治会館建設委員長として自治会館建設を実現(下堀自治会長歴任)

*青葉商店会の発起人として十数年に渡り会長を歴任。スタンプ事業等を展開する

*下堀自治会中央通りの歩道設置工事の陳情と、市道化のための地権者のとりまとめを統率する

*青葉夏祭りの生みの親として、夏祭りを一地域から青葉町全体の事業へ発展させる

*消防団第二分団後援会青葉町2丁目地区会計として、後方支援活動を推進する

*東京都東村山老人ホームと地域との交流事業を手がけ、慰問団を結成するなどユニークな試みを次々と成功させる

*東村山市商工会金融部長を歴任

*民生委員として地域高齢者社会の構築に貢献

*児童委員として地域青少年の健全育成に貢献

*東京小売酒販組合本部理事として、酒税の保全に貢献した功績を称えられ、東京国税局長より感謝状を授与される

 

 

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