from ぎんてつ

3月11日に寄せて

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東日本大震災から5年が経ちました。

お亡くなりになられた方々のご冥福を改めてお祈り申し上げるとともに、今なお困難な状況にある方々に1日も早く平穏な日々が戻りますよう、心より願っております。
あの日のことは、昨日のことのように思い出します。

地震が起こったとき、私は路線バスの運転を終え、事務所で仕事をしていました。
揺れを感じてすぐに全車に無線で安全を確認。全車ともそのまま運行を続けましたが、道路は大渋滞。混乱が続く夜8時頃、小平市のある中学校の校長先生から電話がありました。
「生徒たちが品川にミュージカルの鑑賞にでかけ、帰れなくなっている。都内のバス会社に片っ端からあたってみたが、万策尽きてしまって…。なんとかバスを4台出してもらえませんか?」

それまでおつきあいをしたことがない学校でしたが、私はすぐに運転士3人とともに品川に向かいました。
ところが大渋滞で身動きがとれず、現地に着いたのは日付が変わった午前3時。生徒さんたちを中学校に送り届ける頃には朝の6時をまわっていました。
夜を徹しての運転で、私の疲れもピークに達していたと思います。
でも、涙ながらに抱き合う親子の姿を見て、バスはこんなときにお役に立てるのだ、と逆に勇気づけられました。

3月15日頃から4月半ばまでは、福島県相馬市に滞在しました。
IHI(旧社名:石川島播磨重工業)の相馬工場で、福島第一原発事故の収拾のための機械装置を製造していたのですが、放射能が拡散し続けており、万が一その量がIHIの自主基準を超えた場合は全員退避する。そのときのためにバスが必要だったのです。
「そうなったときは、従業員をバスで新幹線の駅までピストン輸送する。すべての従業員を駅に送り届けるまで、運転士は現地から撤退してはならない」
バス会社に課せられたミッションは過酷でした。
しかし事はお国の一大事。
IHIの皆さんが危険をかえりみず踏みとどまっている中、弊社も何かしなければ…そんな思いでバスを出しました。

原発が制御不能に陥る中、ひたすら待機。そして数日おきに、IHI従業員の家族を東京まで送り、帰りは救援物資を積めるだけ積んでまた相馬に戻る。それを約1カ月続けました。

ちょうどその頃、今度は母校・明治学院東村山高校から「石巻に学生がボランティアに行くので、バスを出して欲しい」という依頼がありました。
すぐに中古のマイクロバスを購入。ゴールデンウィークに石巻へ入りました。

そこで見た光景は忘れられません。
本当に何もない。見渡す限りがれきが広がり、まるで空爆を受けた直後のようなのです。
さらに驚いたのが臭いです。
ヘドロのような、生ごみのような、強烈な腐敗臭…。
テレビでは伝わらない惨状がそこにはありました。

5月といえば、マスメディアではあたかも復興が進んでいるかのような報道がされていました。
しかし石巻の人たちは、震災以来、コメを食べていないという。国内外から大量の物資や巨額の義援金が集まっているというのに、被災された方々の手には届いていないのです。
これには衝撃を受けました。

東京に戻れば、いい若者がGパンをずり下したようなファッションで震災前と同じ生活を送っている。もはやカネじゃないな、とそのとき思いました。
うちのような会社が義援金を送ったところで、大した役には立たない。
それよりもバスを出そう。この惨状を見て、一人でもいいから、何かを感じ、将来の日本を背負ってくれるような若者が出てくれれば…。
そう思ってボランティアの学生を無償で被災地に送り届けることにしました。

NPO法人国際ボランティア学生協会(通称 IVUSA)に話をすると、「現地に行きたくても足がなくて困っていた。とてもありがたい」との返事。
さっそく5月20日から無償送迎を始めました。
といっても、運転士に給与を払わないわけにはいきません。
がれきの中を走って車体が傷めば修理費用もかさみます。
もしかしたらこれで会社がつぶれるかな、とも思いました。
しかし、そうなったらそうなったで名誉の戦死です。
会社の設立年(1999年)と『銀河鉄道999』にかけて、「1999人になるまで無償で運ぼう」と決めました。

現地では学生たちと一緒にヘドロ掻きや片付けをやりました。
ヘドロを掻き出したところで、損壊した家屋ではどうなるものでもないのですが、それでもひたすらみんなで掻き続けました。
そして8月、ボランティアが2000人になったところで無償の運行を終了。
惨状の中に身を置いた学生たちは、それぞれに何かをつかんだようです。それが私にとって何物にも代えがたい喜びでした。

しかし予想通り、弊社の資金繰りは悪化。
それでもこうして会社を続けさせていただいているということは、お天道様から「真面目にしっかりやりなさい」と言われているのだと思います。

被災地でお会いした方々は、それぞれ自分にできることを、黙々とやっていました。
自分以外の誰かのために汗を流す―今の時代にとても大切なことだと思います。
弊社も小さい会社ですが、バスならあります。
5年前のことを決して忘れず、これからもバスでお役に立てるよう、がんばっていきたいと思っています。

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